プロフィール
空手での夢とは
空手には夢があります。
はじめた当初には、到底無理だと思ったことが出来るようになる、それが過去の自分から想像できないほどに。
難しいことはありません、
ただ、ただ、そこにある空手着をもって、簡単なことをしっかり継続してできるようにする
これしかありません。
これは、いまに始まったことではなく、過去に何度かあった格闘技全盛の時代においても同じです。
ライバルが多くても、そうでなくても、取り組む姿勢は同じです。
そのような空手の世界に入ったどこにでもいる普通の人間である代表者の私をご紹介するのがこのページです。
ここまでの道のり
フルコンタクト空手にであってから、私も「兼業」空手家(※)です。いわゆる、本業をもった一人の空手家です。
そこで、その空手家たる私が、ここまでどのような道のりを経てきたのかということを開示するページです。
一例に、試合の実績も全試合を公開しています。チャンピオンの経験がない、サイトを閉じてしまう人もいれば、経験豊富、もしくは、酸いも甘いも嚙み分けてきた、と感じる人もいると思います。それは自由です。チャンピオンに師事したい、常設道場出稽古したい、それはそれで良いでしょう。選択は自由です。
入会してから、期待ギャップがないように、包み隠さず公開しているページです。いろいろ書いてありますが、ぜひとも、ご覧ください。
そしてもう一つ、私がフルコンタクト空手で空手を再開した年は1995年。
世の中にK1という私には到底届かない、雲のまたさらに雲の上のイベントが真っ盛り、道場には毎日たくさんの入会者、いえ、柔道、アメフト、ラグビーなど己の力をを確かめる猛者ばかりが入会してきた1990年代後半にフルコンタクト空手に出会ったことを付け加えておきます。
※空手家とは、有段者であるというだけですが、もう少し付け加えますと、勝敗を問わず、実戦試合を経験し、そして、大事なのが、組織の代表者または幹部で、自分の考えを後進に伝えることが出来る立場にある人と定義しています。
私の立ち位置~玄関でランドセルを放り投げて稽古に行く~
私の立ち位置は、チャンピオンを育成するより先に、まずは、空手人口を広げる、もう少しいうと、空手着を着る人数をということです。
だから、退会制度を撤廃したように、一度空手着さえ手にすれば、いつでも、稽古をする機会を与える、ということです。
そのうえで、どういう空手家像を描いているかとうと、以下です。
子どもが学校から帰るやいなや玄関先でランドセルを放り投げて遊びに行く。
これが私の空手家像としての原点です。
子どもが早く帰って空手の稽古に行きたくて、走って学校から帰って、自宅の玄関で、靴も脱がずにランドセルを放り投げてから空手着を抱えて稽古に行く。
もしくは、お勤め先から一目散に空手道場に向かってゼエゼエいいながら稽古の開始時間ギリギリに到着。でも空手着に着替えると凛として稽古に臨む。
後に文武両道という道場理念を掲げましたが、まさしく、イメージとしては、この姿です。
スマートでなくてもいいんです。とにかく、空手が好きで、稽古時間が待ち遠しくて、勉強も仕事も両立している。
そこに空手着があるから、とにかく、稽古に行く。
空手は、学生時代だけのものでもなく、道場経営者や内弟子の方々の、いわゆるセミプロの方だけのものではありません。兼業空手家でも名選手はたくさんいます。時間だけが上達の要因だとしたら、受験は浪人生が圧倒的に有利ということになります。
可能性は皆さんにあります。それを多くの方々に知ってほしいと思います。
いまこのページを見ている皆さんと変わらないいわゆる普通の人が私です。
いったい、空手を始めるとどうなるでしょうか、夢ってなんだ?
それを私を材料にしてシミュレーションしてみてください。
履歴書
- 氏名
- 前田博人
- 年月日
- 出来事
- 1970/9/23
- 山梨県甲府市出身
- 1981/6/11
- 県内伝統派・硬式空手道場に入門
- 1986~1988
- 高校時代は弓道一色
- 1995/9/16
- 都内フルコンタクト空手道場に入門
- 1998/8/2
- 10人組み手を完遂、初段取得
- 2005/8/5
- 同上の道場高田馬場支部を承継し豊島支部として新規開設を認可
- 2015/7/1
- 同上の道場を退会
- 2015/8/22
- 空手道爽光会を開設
- 2021/3/21
- 新型コロナ禍により一時閉会
- 2023/6/11
- 山梨県甲府市にて活動再開
履歴書~番外編?~
- 保有資格
- 銀行業務検定・財務2級
- 銀行業務検定・税務2級
- 銀行業務検定・ファイナンシャルアドバイザー
- 宅地建物取引主任者試験
- 日本FP協会認定CFP資格試験(※現在は返上)
- 実用数学技能検定_準2級
本業以外の資格ですが、本丸を陥れるまで、連敗していたときに、取った資格です。本丸を落とせなくても、何か、1つでも手柄を取って、納得しないまでも、その年の成果としたいと思って他流試合を仕掛けていきました。
負けても、ただじゃぁ倒れない、そんな感じでしょうか。試合にしろ、試験にしろ、勝負は厳しいですが、その過程でも、いろいろ得るものはありますね。