将来

私たちも少年時代、もしくは、学生を卒業しても、そして、正に毎日が出会いにより将来を考える少年部のみんな。
「将来は~」と思いをはせることが日常だと思う。
スポーツに関しては、
「将来はプロ野球選手に」「将来はJリーガーに、」ということはもう当たり前に耳にする。
しかし、
「将来はプロ空手の選手、」少し世の中がわかったからなのか、「将来は、空手道場の経営」
という発言はほぼ聞くことが出来ない。
空手の選手という意味では、プロ選手、つまり、戦ってお金をもらって生活をしている人は、いるのか、いないのか、
いや、何をもってプロと言うのか、そのカテゴリーは明確にできにできない。
なので、パフォーマンスという意味で、プロという位置づけはなかなか難しい。
悲しいのか、いや、決して悲しくはない。
他方、職業として、つまり、空手道場を経営して、つまり、職業的専門家としてのプロは存在する。
ただ、これも、なかなか難しい。私も職業的には専門家ではないので、語ることが出来ない。
しかし、片手間、中途半端と言われるかもしれないが、空手道場の経営は可能である。
道場という物理的な持ち物がなくても。ソフト、つまり、道場という組織は大なり小なり設立することはできる。
確かに、道場というには、物理的な持ち物、組織の象徴も必要であり、内外にアピールも出来るが。。しかし、道場という持ち物がなければ、機動性がある、もっというと、経営に関する悩みは一定以下であろう。言い方を変えれば、稽古だけに集中できるかもしれない。これも、場所を借りるということは、その場所の確保にライバルとしのぎを削ったり、場合によっては、その場所が他に転用されて、場所がなくなるかもしれないが。
いずれにしても、道場経営はどのような形態をとるにもよるが、本業を持ちながらでも可能である。許可制、資格制度もないので。
「将来は~」という夢がないのではなく、「自由」がある。
リスクという上振れ、下振れを小さくして、自由に、柔軟性がある。
その上で、好き泣かれての稽古が出来ることは、明るい「将来」ではなかろうか。
